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2009/4/24~5/6:中欧(ハンガリー、スロバキア、チェコ、ポーランド)歴訪

2009年のGWもヨーロッパへ出かけました。

初めて、旧社会主義の国へ出かけようと思い、
選択した国は、ハンガリー、スロバキア、チェコ、ポーランドです。
チェコやハンガリーがおとぎの国のようだ、
と書いてある本もあったので、楽しみです。

今回は、下記の旅程で旅をすることになりました。

4/24:中部空港 → (オランダ) → スキポール空港 → (ハンガリー) → ブダペスト
4/25:ブダペスト → ジュール
4/26:ジュール → (スロヴァキア) → ブラチスラヴァ
4/27:ブラチスラヴァ → (チェコ) → ブルノ → テルチ
4/28:テルチ→ チェスケー・ブディェヨヴィツェ → フルボカー → チェスケー・ブディェヨヴィツェ
4/29:チェスケー・ブディェヨヴィツェ → ホラショヴィツェ → チェスキー・クルムロフ → プラハ
4/30:プラハ
5/1 :プラハ → クトナー・ホラ → オロモウツ
5/2 :オロモウツ → クロムニェジーシュ → オロモウツ → (ポーランド) → クラクフ
5/3 :クラクフ → オフィシエンチム(アウシュヴィッツ) → クラクフ
5/4 :クラクフ → ヴィエリチカ → クラクフ → ワルシャワ
5/5 :ワルシャワ → (ドイツ) → フランクフルト →
5/6 :→ 中部空港

tyuuou.jpg←今回の旅の軌跡です
【旅程表と地図の都市名の表記が違う場合があります】

画像
↑左のページの右側一番上のスタンプが
アムステルダム・スキポール空港でもらった入国スタンプです。
今回はオランダで入国審査を受けました。

<今回の旅で訪れた世界遺産>
①ブダペスト、ドナウ河岸とブダ王宮地区(ハンガリー)
②パンノンハルマのベネディクト派修道院(ハンガリー)
③テルチ歴史地区(チェコ)
④ホラショヴィツェ歴史地区(チェコ)
⑤チェスキー・クルムロフ歴史地区(チェコ)
⑥プラハ歴史地区(チェコ)
⑦クトナー・ホラの聖バルバラ教会のある歴史地区(チェコ)
⑧オロモウツの聖三位一体柱(チェコ)
⑨クロムニェジーシュの庭園群と城(チェコ)
⑩アウシュヴィッツ・ビルケナウ ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所(ポーランド)
⑪クラクフ歴史地区(ポーランド)
⑫ヴィエリチカ岩塩坑(ポーランド)
⑬ワルシャワ歴史地区(ポーランド)

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2009/4/24:中欧歴訪が始まる日・・・

今回の旅は、欧州までのフライトが成田経由となっています。
それは、中部からパリ行きのフライトを利用すると、
航空券の値段が3万円くらい高くなってしまうために、
成田経由のフライトを選択しました。

ただ、中部空港発の時刻がAM8:30と朝早いです。
中部→成田の便も国際線扱いとなるため、
空港へは出発1時間半前には到着したいと考えていました。

AM7:00に到着するのは、自宅から出発した場合不可能ですので、
4/23の夜は、中部空港横のホテルに宿泊しました。

4/24になりました。いよいよ、中欧へ向けてのフライトがスタートです。
朝6時には起床して、7時前にホテルを出発しました。

今回も利用する航空会社はJALです。
カウンターで手続きを進めると、
「今回は、エコノミークラスでお申し込みいただきましたが、
エコノミークラス満席のため、プレミアムエコノミーを用意いたしました」

ラッキーなことに、座席のランクアップに遭遇しました。
haugary.jpg
↑成田~アムステルダムのアルファベットがPと書かれています。
このPがプレミアムエコノミーのチケットを示しています。

まずは、成田へのフライトです。
1時間ちょっとで成田空港に到着しました。
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↑初めて、成田空港を利用しました。
そして、AM11:25発のアムステルダム行きのフライトに搭乗。

プレミアムエコノミーの座席は、座席の背もたれが後ろへの影響なしで倒れます。
また、フットレストがある為、長時間のフライトでもかなり楽でした。
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↑この写真では分かりづらいですが、モニターのサイズもエコノミーより大きいです。

機内食は、エコノミークラスと同等のものが出されます。
DSCF0003_20110731190601.jpg DSCF0004.jpg
↑エコノミークラスと違うのは、右の写真にあるうどんを食べることができました。
また、アイスクリームも食べることができました。
エコノミークラスよりランクアップが感じることができた瞬間です。

11時間のフライトでアムステルダム・スキポール空港に到着しました。
相当、疲れました。が、次にブダペスト行きのフライトが待っています。
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↑スキポール空港の内部と駐機場です。KLMオランダ航空の機材がメインになりますね。

スキポール空港で入国審査を終えて、荷物検査も無事に終了。
そして、現地時間PM18:00、ブダペスト行きの飛行機が離陸しました。

約2時間のフライトでブダペストに到着しました。
今回は、荷物も無事ターンテーブルに出てきて一安心。
(いよいよ旧社会主義の国のたびが始まる)
身が引き締まる思いで、党略ロビーに移動しました。

ブダペスト空港から市内への移動は、タクシーorバスです。
自分は、ホテルを指定して順番に回ってくれるタイプのエアポート・シャトルを利用しました。
タクシーよりは安いためです。そして、ホテルに無事到着しました。

ブダペストといえば、王宮とくさり橋が有名です。
夜景を見に行きたくなり、疲れている体に鞭打って外に出ました。
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↑左が王宮、右がくさり橋です。どちらもライトアップされてきれいでした。

宿に戻ったのが10時過ぎでした。すぐにシャワーを浴びて寝ました。
明日から、本格的な旅が始まります。

2009/4/25:ブダペスト市内をがっつり観光です

本日はブダペスト市内を1日観光して、ジュールへの移動となります。

宿で朝食を食べた後、荷物をフロントに預けて出かけました。
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↑部屋が大きい宿でした。朝食も良かったですよ。

ホテルからドナウ川方面に歩く途中にヴァーツィ通りがあります。
この通りはブダペスト随一の繁華街だそうです。
↓左の写真がヴァーツィ通りです。朝早いため、人が少なかったです。
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↑右の写真は途中で見かけた像です。なんの像か分かりませんでしたが・・・。
ヨーロッパを歩くとたくさんの像に出会いますね。

ドナウ河岸に到着すると、王宮とくさり橋が見えました。
この風景を見て、ブダペストに今いるんだなあとしみじみ思いました。
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↑左の2枚は、王宮とくさり橋です。夜景も良いですが、昼間だと全容が良く分かります。
一番右は、ドナウ川上流方面です。上流には過去に旅したオーストリアがあります。
そして、ここでドイツ軍とソ連軍の激戦があったんだなあと思っていました。

自分は、シミュレーションゲームが大好きで
特に【ワールドアドバンスド大戦略】が好きです。
第2次世界大戦時のドイツ軍を指揮するのですが、
そのシナリオの中に【コンラート作戦】というシナリオがあります。
1945年1月1日シナリオ開始で、ソ連軍包囲下のブダペストを救出する作戦です。
アドバンスド
↑この画面を見て理解できる人が少なそうですが、掲載しました。
ドイツ軍不利の状況を覆すのが楽しかったです。

かなり脱線してしまいましたが、次に訪れたのは市民公園です。
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↑市民公園に向かう際に地下鉄1号線を利用しました。
この地下鉄は、ヨーロッパではロンドンに次いで2番目に古いそうです。

市民公園にはセーチェニ温泉があります。
ハンガリーは世界有数の温泉国で、ブダペストには50近くの浴場があるそうです。
↓左の写真がセーチェニ温泉外観です。時間があればゆっくりしたいですね。
DSCF0049.jpg DSCF0054.jpg 市民公園をぶらぶらして、ヴァイダフニャド城に到着しました(右の写真)。
中は農業博物館ということであまり興味ないため、外観だけの見学にしました。

↓写真は、市民公園の西側にある英雄広場です。
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ハンガリー建国1000年を記念して1896年に造られたそうです。
真ん中の像は、大天使ガブリエルを頂く塔です。
このような広場もヨーロッパチックですね。

次にハンガリーの首都ということで国会議事堂を訪れました。
ネオゴシック様式やルネッサンス様式が混在した堂々たる姿です。
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内部の見学も可能ですが、苦痛の英語ツアーでした。
中は美しい装飾が施されていて、優雅な雰囲気でした。
ハンガリーの国会議員は、この雰囲気の中論戦を交わしているのでしょうねえ。

次に聖イシュトバーン大聖堂へ向かう途中で自由広場を通りました。
↓左はナジ・イムレの銅像です。ハンガリー動乱期に活動した政治家です。
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↑右は、自由広場で撮影した写真です。奥に国会議事堂が見えます。
地元人には、なんでもない広場かもしれませんが、自分は写真を撮ってしまいますね。

そして聖イシュトバーン大聖堂に到着しました。
↓大聖堂の建物は大きいです。ブダペスト随一の建物でドームの高さは96mあるそうです。
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↑右は主祭壇の写真です。キリストの彫像が置かれている事が多いのですが、
こちらは聖イシュトヴァーンの彫像が置かれています。
ハンガリー建国の父ということで、祀られているのでしょうね。
大聖堂の展望台に登ることが出来るため、上がってみました。
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↑展望台から王宮の丘方面を撮影しました。ブダペストは街並みもきれいです。

大聖堂を見学した後は、ドナウ川を渡って西岸地区に移動しました。
まずは、バスを使ってゲッレールトの丘へ向かいました。
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↑ここからのブダペスト市内の眺めは素晴らしいです。
左に王宮の丘、右に国会議事堂が見えます。
右の写真は、しゅろの葉を高く掲げた女性像です。ソ連軍の慰霊碑として建てられたそうです。
ブダペスト市民にとって、ソ連軍は解放者なのでしょうか。

ドナウ川とブダペストの街並みを堪能した後は、
ブダペスト観光の目玉である王宮の丘へ向かいました。
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↑向かう途中、ブダペスト南駅でジュール行きの切符を購入しました。
旧社会主義国らしい建物ですね・・・。(デーリが南の意味です)

↓左の写真は、王宮の城門です。
王宮が高台にあるため、ドナウ川方面の眺めが良いです。
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王宮は、美術館や博物館として利用されています。
体力的に絵画等を見るのが辛かったために、外観のみの見学にしました。

王宮の北側にマーチャーシュ教会、三位一体の像などが展示されている広場があります。
↓左の写真が三位一体の像です。像の右側にマーチャーシュ教会がありますが、修復中でした。
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↑右側の写真は、ウィーン門です。王宮の岡の北側の入り口となります。

王宮の丘を見学した後、北へ歩いてオーブダ地区を散策しました。
↓左の写真のように、オーブダ地区は一気に下町という雰囲気です。
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ここにグル・ババの霊廟があります(↑右の写真です)。
かつて、ハンガリーはオスマン・トルコに攻略されて、イスラムの時代がありました。
グル・ババは1541年にトルコ軍がブダを落城させた時の戦いに参加していたそうです。

そして、ドナウ川西岸から見たペストの街を撮影しました。
川をまたいで国会議事堂を撮影しました。建物がきれいでした。
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↑右の写真は、ドナウ川下流方向を撮影しています。奥にゲッレールトの丘が見えます。

そして、ブダペストを離れるときが近づいてきました。
離れる前に夕食を食べようと思い、【テュクリ】というお店に入りました。
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↑真ん中は、グヤーシュです。パプリカたっぷりのスープでした。右は、パプリカチキンです。
ハンガリーといえばパプリカでして、たっぷりとパプリカが絡んだ料理を頂ました。
どちらも美味でした♪

レストランから荷物を回収する為に、ホテルへ向かう途中でアンドラーシ通りへ。
こちらも世界遺産となっていて、ブダペストのシャンゼリゼと呼ばれているそうです。
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↑右は、国立オペラ劇場です。
こちらの劇場は、第2次世界大戦の戦火を逃れたという幸運な劇場との事です。

こうして、ブダペスト1日観光が終了しました。
次の目的地のジュールへ向かう為、ブダペスト・ケレティ(東)駅へ向かいました。
↓左が駅外観です。こちらの駅は風格がありますね。真ん中は、駅構内です。
DSCF02390.jpg DSCF0240.jpg haugarytetudou.jpg
↑一番右が乗車券と特急券です。2430HUF(ハンガリーフォリント)でした。
日本円にすると、1400円くらいです。
特急で1時間半くらい移動する為に安いと感じました。
(旧社会主義国の公共交通機関は概して安いです)
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↑ハンガリー平原に沈み夕日を見ながら、ジュールに到着。

1日目の観光を無事終えることが出来ました。

2009/4/26:ハンガリーからスロヴァキアへ

本日はジュールからまず世界遺産のパンノンハルマ修道院を訪れます。
宿に荷物を預けた後、パンノンハルマ行きのバスがでるターミナルへ行きました。
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↑左が利用した宿です。駅やバス乗り場近くにある便利な民宿でした。
右は、バスターミナルです。長距離バスもここから出発しています。

ジュールからパンノンハルマへは、バスで30分強の移動となります。
8時発のバスに乗車して、8時半過ぎにパンノンハルマ修道院に到着しました。

修道院内部の見学は、ガイドツアーとなります。
英語とハンガリー語あるようですが、英語の方が高くなります。
どちらも分からない為、安いハンガリー語ツアーにしました。
↓左の写真は、チケットブースがある建物からパンノンハルマ市街方面を撮影しました。
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↑真ん中は、パンノンハルマ修道院の入口です。
右は、入口をくぐった後の様子です。一番右のおばちゃんがガイドさんです。

↓左は、パンノンハルマ修道院の建物外観です。
こちらの建物は、996年創建です。まあ、増築や改装が実施されていますが・・・。
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↑右は、修道院内部の古文書館です。30万冊以上の蔵書を誇るそうです。

ジュールに戻るバスが、修道院麓の市街地のバス停から出る為、
パンノンハルマ修道院を見学したのち、麓の市街地へ向かいました。
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↑左から麓から眺める修道院とパンノンハルマの村の様子です。
観光客も少なく、のんびりした雰囲気でした。
そして、11時過ぎのバスに乗車して、ジュールに戻りました。

ジュールに戻って、少し市内観光をすることにしました。
↓バスターミナルから線路を渡ると、立派な市庁舎がありました。
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↑右は、バロッシュ・ガーボル通りです。
ガイドブックには、メインストリートで多くの人で賑わっているとのことでしたが・・・。
ランチは、この通りにあるマックで食べました。

ランチを食べた後、ジュール市内の建物を見て回りました。
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↑左は、キシュファルディ劇場です。ジュール・バレエ団の本拠地とのことです。
右は、街の中心となる広場のセーチェニ広場とベネディクト教会です。
広場周辺は、大規模な工事で動きづらかったです。

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↑モショニ・ドナウ川です。奥のほうでドナウ川に合流します。

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↑左は、大聖堂です。破壊と増改築が繰り返される内に建築様式が混在したそうです。
右は、カルメル教会で、創建は1725年です。黄色がまぶしいですね。

ジュールの街を観光した後、スロヴァキアへ鉄道で移動します。
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↑ジュール駅の外観とホームです。外観はいかにも旧社会主義国という感じの重々しいものでした。

まず、15:45発の列車でオーストリア方面に移動です。
そして、オーストリアのパルンドルフでスロヴァキア方面の列車に乗り換えます。
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↑車窓です。菜の花畑がきれいでした。あと、ヨーロッパでは風力発電を良く見ます。
自然エネルギーをできるだけ利用しようと思っているのでしょうね。

17時過ぎにスロヴァキアの首都・ブラチスラバに到着しました。
そして、ホテルに移動しました。名前は、キエフです。
↓左は外観です。いかにも旧社会主義の雰囲気が漂うホテルです。
空きっぱなしになっている窓がすごく気になります。壊れているのでは?
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用意された部屋は高層階だった為、見晴らしがすごく良かったです。
まあ、部屋内部はすごい殺風景なのですが。

部屋に大きな荷物を置いた後、夕食を食べに出かけました。
↓左は、夕食は食べたレストランがあるパンスカー通りです。
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夕食では、ポテトスープとハンバーグを注文しました。
スロヴァキアは、ユーロを導入していて、支払いが楽でした。

夕食後、部屋から夜景を撮影しました。
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首都ですが、少し暗いのが気になりました・・・。

こうして、本日の旅が終了しました。

2009/4/27:スロヴァキアからチェコへ

スロヴァキア滞在は、本日で終了です。

スロヴァキアにも世界遺産はあるのですが、
訪れにくい場所にある為、首都のみ観光してチェコへ向かうこととしました。

↓スロヴァキアの泊まったホテル近くにて撮影しました。
DSCF0361.jpg
正直な感想として、スロヴァキアは発展が遅れていると思いました。
街全体に社会主義時代の空気が残っているような感じです。

↓左は、スロヴァキア旧市街北側の入口となるミハエル門です。
かつては、旧市街を城壁が取り囲んでいて、その時の名残だそうです。
DSCF03630.jpg DSCF0366.jpg
ミハエル門を過ぎると、旧市街の中心部フラヴネー広場に到着します。
朝早い時間でしたので、人の数がまばらですねえ。

ブラチスラヴァの街には、ユーモアがある像がたくさんあります。
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ガイドブックには、他の像の写真もありましたが、見つけられませんでした。
けっこう旧市街を頑張って回ったんですけどねえ。

次にブラチスラヴァ城へ向かいました。
ブラチスラヴァの最もメジャーな観光地ですね。
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12世紀には、ここに城があったらしいです。
その後、何度も増改築と破壊・復旧が繰り返されて、現在の姿になりました。
自分が訪れた時も修復中でした・・・。

このブラチスラヴァ城からの眺めが素晴らしいです。
↓流れている川は、ドナウ川です。ドナウ川は、いろいろな国で見ますね。
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↑右は、旧市街方向の眺めとなります。中央付近の建物が宿泊したホテルです。
宿泊したホテルは、ブラチスラヴァの街では大きな建物ですね。

以上でブラチスラヴァの観光が終了しました。
次の目的地、チェコのブルノに向かう為に中央駅へ向かいました。
↓左の写真は、ブラチスラヴァ中欧駅の外観です。
DSCF0408.jpg DSCF0410_20110804005043.jpg DSCF0409.jpg
列車の出発まで時間があった為、駅左側にあるレストランに入りました。
食べたのは、ポテトパンケーキです。この地方の一般家庭の料理とのことです。
中には、たくさんの具が入っていて、おいしかったです。

そして、ブルノへ向かう列車を待っていましたがちっとも来ません。
電光掲示板を確認すると、遅れ40分でした。
仕方ないので、ホームでぼーっとしてようやく列車が到着しました。
buratisu.jpg
↑ブラチスラヴァ→ブルノの乗車券です。
1時間半の乗車で8.6ユーロということで安かったです。

1時間半くらいでブルノに到着しました。チェコに入国したことになります。
DSCF0414.jpg DSCF0415.jpg
↑ブルノ駅のホームと外観です。

列車の遅れの為、ブルノを観光できる時間が2時間弱しかありません。
荷物をコインロッカーに入れて、早速ブルノ旧市街へ向かいました。
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↑緑の広場です。ここは、青物市が立つところで、野菜や果物を売る露店がたくさんありました。
緑の広場に、旧市庁舎が建っていて塔があります。そこに上りました。
DSCF0417.jpg DSCF0419.jpg
↑左はブルノ駅方向(南)となります。大きな建物は、聖ペテロ聖パウロ教会です。
右は、西方向を撮影しました。高台の上にあるのは、シュピルベルク城です。
時間があれば、ここも訪れたかったです。

次に街の中心部、自由広場を訪れました。
DSCF0437.jpg DSCF0440_20110804011536.jpg
こちらの広場は人がたくさんいて、活気にあふれていました。
ブルノの街も路面電車が中心部のおもな交通手段となります。

次に聖ペテロ聖パウロ教会を訪れました。
↓真ん中の写真で、祭壇の向こうに見えるステンドグラスがきれいでした。
DSCF0444_20110804011536.jpg DSCF0445.jpg DSCF0453.jpg
こちらにも塔がある為、上りました。
一番右の写真は、ブルノ駅方面を撮影しました。

以上で駆け足のブルノ観光は終了です。
次の目的地、テルチへ向かう為にバスターミナルに行きました。
DSCF0458_20110804011533.jpg DSCF0460.jpg
↑左は、バスターミナルです。チェコは長距離バス網が整備されていて、
こちらのバスターミナルも大きいですね。
右は、テルチへ向かうバスの車窓から撮影しました。ヨーロッパの大地は広いことを実感します。

バスに揺られること約2時間。テルチに到着しました。
本日はここに泊まることになっています。
↓真ん中の写真が、宿泊するホテル【ホテル、ナハラージ】でした。
DSCF0464.jpg DSCF0465.jpg DSCF0471.jpg
まだ、明るかった為、少しだけテルチの街を散策しました。
右の写真は、ウリツキー池から撮影したテルチの街方面です。

明日もテルチの街を散策するため、本日の観光は以上としました。

2009/4/28:テルチの観光を終えて、チェスケー・ブデヨヴィツェへ

本日はテルチの街を観光した後、チェスケー・ブディェヨヴィツェへ移動となります。

テルチの街の見所は、ザハリアーシュ広場といっても良いと思います。
広場の左右の建物がかわいくて、おとぎ話のような世界が広がっている感じです。
このような街並みができたのは、1530年の大火で焼け野原がきっかけだそうです。
領主ザハリアーシュが復興させる家々を趣向を凝らした家にして、現在の街並みとなったそうです。
そして、テルチの街は世界遺産に指定されています。
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↑それぞれの家の形が変わっています。見ていて楽しいですね。
右の写真の柱像は聖母マリアです。18世紀初めにペスト終焉を記念して建てられました。

↓街の北側の入口、ドルニー門です。
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すぐ横の池は、シュテェプニツキー池です。テルチの街は、池に囲まれています。

↓左は市街地の奥にあるテルチ城です。
場内は日本語以外のガイドツアーによる見学となる為、パスしました。
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↑右の写真は、イエズス教会と聖ヤコブ教会です。

テルチの街は非常に小さく、午前中で観光を終えました。
その後、バスターミナルに移動してチェスケー・ブディェヨヴィツェへ向かいました。

バスに約2時間乗車して、チェスケー・ブディェヨヴィツェに到着。
荷物をホテルに預けて、フルボカーへ向かいました。
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↑宿泊したホテルです。次の日の夕食は、このホテルのレストランで食べました。

バスで30分くらい移動して、フルボカーに到着。
目指すは、チェコで最も美しいといわれる城館のフルボカー城です。
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↑城に向かう途中で撮影した写真です。パンがおいしそう。

フルボカーのバス停から、10分ほど歩いてフルボカー城に到着しました。
↓左の写真がフルボカー城です。19世紀に改築されて、今の美しい姿になったそうです。
真ん中の写真は、フルボカー城の中庭です。
フルボカー城の見学も日本語以外のガイドツアーの為、苦しかった・・・。
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↑右の写真は、フルボカー城から市街地方面を撮影したものです。
チェコは、湖と森が本当に美しいですね。

フルボカー城の見学を終えて、チェスケー・ブディェヨヴィツェに戻りました。
戻った時間が17時くらいでまだ明るかった為、市内の見学をすることにしました。
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↑聖ミクラーシュ教会と黒の塔です。
黒の塔に上ることができるのですが、時間が遅かったのか、閉まっていました。

↓プジェミスル・オタカル2世広場です。
広場の真ん中に噴水があって、チェコ最大級だそうです。
ただ、水が出ていませんでした・・・。
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この噴水1721年から1726年にかけて制作されたそうです。

↓マルシェ川とブルタヴァ川近くの公園です。
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この公園を終えて夕食に向かいました。

↓左はラノヴァ通りです。最もにぎやかな通りのはずですが、人が少ないですね。
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↑真ん中が夕食を食べた店【Vatikan】です。
肉料理を注文して、おいしかったです。

こうして、本日の観光が終了しました。明日は、朝早起きの予定です。

2009/4/29:世界遺産の街、ホラショヴィツェとチェスキー・クルムロフへ

チェスケー・ブディェヨヴィツェ周辺には、世界遺産が2つあります。
ホラショヴィツェとチェスキー・クルムロフの2つの街です。

1日で2つ訪れようとした場合、早朝のバスでホラショヴィツェを訪れる必要がありました。
そのため、めっちゃ早起きして、バスターミナルへ。
そして、6:25発のバスに乗車しました。

そして、30分強でホラショヴィツェに到着しました。
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ホラショヴィツェは非常に小さな村で、小さな集落の周りは草原や森ばかりでした。
都会の喧騒を離れて、のんびりした雰囲気がすごく良かったです。

この村が世界遺産に登録されているのは、
南ボヘミアバロック様式という独特の建築様式が残っている為です。
白やピンクなどのパステルカラーに、円形の屋根を持つ素朴な家が並んでいます。
ファサード(建物正面)には植物などをモチーフにした装飾が施されています。
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チェコの田舎ならではの、かわいらしい家が並んでいました。
ホラショヴィツェは、1840年当時の姿がそのまま残っている為に、世界遺産に登録されたそうです。

ホラショヴィツェを1時間ほど観光したのち、
チェスケー・ブディェヨヴィツェ行きのバスに乗車しました。
到着後、ホテルに戻ると、朝食がまだ食べることができた為、
朝食を食べて、チェックアウトしました。

次の目的地は、世界で最も美しい街の一つチェスキー・クルムロフへ向かいました。
バスターミナルに再度向かい、チェスキー・クルムロフ行きのバスに乗車しました。
↓左は、チェスケー・ブディェヨヴィツェのバスターミナルです。デパートの上にあります。
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↑右は、バスの乗車券です。片道32コルナ(200円弱)です。チェコも公共交通機関が安い!

40分程度でチェスキー・クルムロフに到着しました。
街の北側のバス停で下車して、ブディェヨヴィツェ門から市街地へ。
↓左の写真の門がブディェヨヴィツェ門です。ここから中へ。
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市街地の中は、かわいらしい家が並んでいます。
右側の写真は、赤い門です。ここからチェスキー・クルムロフ城へ向かいます。

チェスキー・クルムロフ城は、13世紀に創建されて、その後増築されていったそうです。
ボヘミア地方では、プラハ城に次ぐ規模を持つ城です。
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↑右側の写真は、城の塔です。ここからの眺めが素晴らしい!
↓左と真ん中の写真は、市街地方面を撮影しました。中世の街並みがそのまま残っていました。
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↑右の写真は、チェスキー・クルムロフ城を撮影。
ブルタヴァ川の岸壁に沿って建てられた城が美しいです。

この後、チェスキー・クルムロフ城内部を見学しました。
ここも日本語以外のガイドツアーでした。
意味は分かりませんでしたが、部屋や調度品が豪華でした。

内部の見学後、城の庭園へ移動しました。
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ヨーロッパの庭園には、彫像と噴水が良く似合いますね。
花が満開の時期に訪れれば、更に美しい庭園だったのでしょう。

次に、街の中心部に向かいました。ブルタヴァ川に囲まれた地区になります。
川のすぐ横に家が建てられています。美しい風景ですね。
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↑右の写真は、川沿いからチェスキー・クルムロフ城を撮影しました。
岸辺から見上げる城壁は、迫力があって美しいですね。

そして、中心部をまったり散策しました。
どこを歩いても、中世の街並みとブルタヴァ川がきれいでした。
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↑真ん中は、ブルタヴァ川と聖ヴィート教会です。
右の写真は、スヴォルノスティ広場です。旧市街の中心部になります。


こうして、チェスキー・クルムロフの観光を終えて、バス乗り場へ向かいました。
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↑バス乗り場へ向かう途中で、旧市街を撮影しました。遠景の旧市街は美しかったです。

チェスケー・ブディェヨヴィツェに戻って、聖ミクラーシュ教会横の黒の塔に上りました。
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↑こちらの風景も美しいです。
右の写真の広場は、プジェミスル・オタカル2世広場です。
周りがバロック様式とルネッサンス様式の美しい建物が広がっていました。

少しだけチェスケー・ブディェヨヴィツェを観光したのち、
宿泊したホテルで夕食を食べました。
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ブルーベリーソースをかけた肉料理です。美味でした。

そして、プラハへ向かう為にチェスケー・ブディェヨヴィツェ駅へ。
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プラハまでの列車は1等を利用してみました。座席が2等より広いですね。
価格は、320コルナ(2000円弱)でした。
2時間40分程度乗車して、このお値段なら安い気がしますね。

↓車窓を撮影しました。ヨーロッパは菜の花畑に良く出会います。
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そして、プラハ中央駅に到着。
ここから地下鉄で移動してホテルへ。今日の観光も終了しました。

2009/4/30:プラハ1日観光です

本日は、がっつり1日プラハを観光します。
【百塔の街】【ヨーロッパの魔法の都】【北のローマ】等の言葉で称賛されている街の為、
プラハの市街地やブルタヴァ川周辺の散策が楽しみでした。

プラハの街中の移動は、路面電車が主力となります。
地下鉄もありますが、細かいところは路面電車が強いですね。
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↑カレル広場周辺で下車しました。朝の通勤時間の為、車内は混んでいました。
右の写真のバックには、新市街市庁舎が写っています。
14世紀後半に建設が始まり、16世紀に現在の姿になったそうです。

カレル広場からブルタヴァ川方面に歩くと、変わった形のビルがあります。
↓左の写真のビルは【ダンシング・ビル】です。プラハの現代建築の一つですね。
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↑真ん中と右の写真は、ブルタヴァ川とバックにプラハ城とカレル橋です。
この風景が、いかにもプラハという感じだと思います。

そして、カレル橋東側へ移動しました。
↓左は、橋の塔です。1400年に完成したもので、かつては通行料を徴収していたそうです。
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↑右は、カレル橋東側の広場です。重厚な建物が並んでいました。

そして、カレル橋を見学しました。
↓橋の両側には、30体の聖人像が並んでいます。フランシスコ・ザヴィエルの像もあるそうです。
また、似顔絵描きやストリートパフォーマーなどたくさんいて、
その人たちを見ているだけでも楽しかったです。
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↑真ん中は、橋上からブルタヴァ川下流方面を撮影しました。
プラハの街は、森と街並みが美しいですね。
右の写真は、カレル橋西側の塔です。ここで引き返して、東側の塔に上りました。
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↑左は、カレル橋とプラハ城の眺めです。橋が一部修復中でしたが、きれいでした。
右は、旧市街方面を撮影しました。塔がたくさん見えて【百塔の街】と言われるのが納得です。

そして、旧市街広場へ向かう為に、カレル通りを歩きました。
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通りには、おしゃれなカフェや土産物店が並んでいます。

カレル通りをしばらく歩いて、旧市街広場に到着しました。
周囲一面が様々な建築様式の建物が並んでいて、きらびやかな雰囲気ですね。
↓左の写真は、旧市庁舎です。いろいろな建築様式があるユニークな建物ですね。
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↑真ん中は、ヤン・フス像と聖ミクラーシュ教会です。
ヤン・フスはチェコの英雄と称えられているそうです。
右は、ティーン教会です。1135年に建てられて、1365年に改築されたました。
2本の塔がひときわ目を引く教会ですね。

旧市街広場を一通り見学したのち、旧市庁舎の天文時計の仕掛けが動いたので見ていました。
時計の上の2つの窓からキリストの12使徒が表れて消える仕掛けでした。
仕掛けが動くのを見た後、旧市庁舎の塔に上りました。
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↑プラハ城方面と旧市街広場方面の眺めです。どちらも素晴らしい眺めでした。

旧市街の観光を終えて、ブルタヴァ川西岸に移動して、
ぺトシーン公園のケーブルカーに乗車しました。
↓左がケーブルカーで、真ん中はケーブルカー乗り場です。
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↑右は、聖ヴァウジネツ教会と展望台です。
その展望台に上って、プラハ市街を撮影しました。
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↑左は、ブルタヴァ川とプラハ市街地方面の眺めです。
オレンジの屋根とカレル橋が見えます。
右は、プラハ城をバックに撮影しました。

展望台を降りた後、ストラホフ修道院を訪れました。
こちらには、中世から受け継がれたきた図書室があるということで見学しました。
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↑右が【哲学の間】と呼ばれる図書室です。
天井までびっしりと収められた書籍に圧倒されます。
ちなみにこの部屋を撮影するのは有料でした。50コルナ(約300円)でした。

この内部の撮影が有料という観光地が
旧社会主義国には、たまにあります。

ストラホフ修道院の見学を終えて、次はプラハ城を訪れました。
↓左の写真がプラハ城正門です。毎正時に衛兵の交代式が行われるそうです。
特に正午の交代式は大々的なものだそうです。自分は時間の関係で見ることができませんでした。
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↑真ん中と右は、聖ヴィート教会の外観と内部です。
この教会の2本の尖塔は、ブルタヴァ川東岸から見て真っ先に目につきます。
大聖堂内部のステンドグラスもきれいでした。

聖ヴィート聖堂と旧王宮を見学した後、黄金小路を訪れました。
この小路には、色とりどりの小さな家が並んでいて、おとぎの国のような世界の通りです。
1597年にできたもので、城に使える召使などが住んでいたそうです。
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↑左側の青い家がフランツ・カフカの仕事場です。
プラハが生んだ【変身】で有名な作家ですね。

プラハ城の観光を終えて、黒塔側の出口から出ました。
そして、出口付近の庭園から旧市街を撮影しました。
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ブルタヴァ川西岸は、高台の場所が多い為、
東岸の眺めがどこへ行っても素晴らしいです。

その後、ブルタヴァ川東岸をぶらぶらしていました。
↓左は、ブルタヴァ川東岸でカレル橋を撮影したものです。
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↑右は、チェコ軍団橋から国民劇場を撮影しました。
1881年に完成した劇場です、が、すぐに消失してしまって1883年に再建されたそうです。
オーストリア・ハンガリー帝国時代にドイツ語の使用が強制された時代に、
チェコ人の為の劇場を造ろうとして、この劇場を造ったそうです。

本日の観光は以上となります。次に夕食を食べることにしました。
選択した店は、【ウ・ドゥヴォ・コチェク】です。
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注文したのは、【豚肉の煮込み・ザウアークラウト・クネドリーキ】の皿です。
ザウアークラウトはキャベツの酢漬け、クネドリーキはチェコ風蒸しパンです。
チェコ料理もおいしかったです。

夕食後、暗くなった後のプラハ市内を少しだけ散策しました。
↓左は、旧市街広場にて撮影しました。
ティーン教会が赤く染まって、ものすごくきれいでした。
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↑そして、プラハ城とカレル橋の夜景です。
これは、外せないですね。まさにおとぎ話の世界に踏み入れたような風景です。

プラハ1日観光が終了しました。明日も少しだけプラハ市内を観光しますが、
もっとがっつり観光してみたいですねー。

2009/5/1:プラハからクトナー・ホラ、そしてオロモウツへ

本日は、プラハ市内の観光を午前中だけして、クトナー・ホラへ移動します。
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↑利用したホテル【RAFFAELLO】です。
4つ星ホテルだった為、バスタブ付きで朝食が豪華でした。

ホテルで荷物を預けて、国立博物館周辺に移動しました。
↓左の写真は、国立博物館側からヴァーツラフ広場方面を撮影しました。
プラハ随一の繁華街で通りの両側に高級ホテルやレストランが並んでいます。
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↑真ん中は、聖ヴァーツラフの騎馬像と国立博物館です。
右は、国立オペラ劇場です。もともとは、国民劇場に対抗して、
ドイツ人が「ドイツ人たちの劇場を」というスローガンで造ったそうです。

国民劇場周辺を観光した後は、ユダヤ人地区を訪れました。
苦難の歴史を歩んできた地区です。特にドイツ占領下の時代には、
この地区にいろいろな国からユダヤ人が集められたそうです。
↓旧ユダヤ人墓地です。ここへの埋葬は1787年が最後で、その後は埋葬されていないそうです。
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↑真ん中は、1912年に建てられた儀式の家です。中は、ユダヤの伝統や生活習慣の紹介がありました。
右は、旧新シナゴーグです。1270年頃に建てられたヨーロッパ最古のシナゴーグだそうです。
この写真では分かりづらいですが、ギザギザ屋根が特徴の建物です。

ユダヤ人地区と旧市街広場の間にフランツ・カフカの生家があります。
その生家の前にカフカのブロンズ像があります。
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↑カフカの像は、変わった形をしていました。

こうして、プラハの観光が終了しました。
次の目的地、クトナー・ホラへ向かう為に、プラハ本駅へ移動しました。
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↑プラハ本駅は工事中でした。建物内の店も結構しまっていましたねえ。

プラハを11:40に出発する列車に乗車しました。
そして、コリーンで乗り換えて、13時頃クトナー・ホラに到着しました。
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↑左は、クトナー・ホラ本駅です。ここで荷物を預かってもらえて助かりました。
右は、プラハ→クトナー・ホラとクトナー・ホラ→オロモウツの乗車券です。2等は安い!

クトナー・ホラで、まず墓地教会を訪れました。
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↑墓地教会の外観と内部の様子です。内部はすごいです・・・。骨、骨、骨です。
シャンデリアからカップ、紋章まで骨で作られている為、異様な光景でした。

次に聖母マリア教会を訪れました。
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↑1300年前後に建てられた教会で非常に大きかったです。
内部は、光がたくさん入ってくるために明るかったですね。

この教会がある地区から、旧市街まで歩くと30分くらいかかります。
バスの利用を考えましたが、いつ来るか分からない為、てくてく歩きました。

ということで、30分程度必死で歩いてバルバラ大聖堂に到着。
圧倒的な存在感を持ってそびえていました。
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1558年にひとまずの完成をみて、その後も改修が続けられたそうです。

↓バルバラ大聖堂内部の様子です。
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バルバラは抗夫の守護聖人です。内部は非常に広く、抗夫の像や、
貨幣鋳造職人たちのフレスコ画などがあり、抗夫たちの為に建てられた聖堂であることが分かります。

バルバラ大聖堂の見学を終えて、駅のほうへ向かいました。
↓左は、バルバラ大聖堂から出てすぐの場所から市街地方面を撮影しました。
大きな塔がある建物は、聖ヤコブ教会です。
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↑右の写真で、奥のほうに見える建物は【フラーデク鉱山博物館】です。
ここの坑道跡の見学が面白そうでしたが、時間がなく断念しました。

オロモウツに向かう際に利用した駅は、クトナー・ホラ・ムニェスト駅です。
こちらの駅は市街地の近くにある為に、移動が楽でした。
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↑右の写真は、クトナー・ホラ本駅に向かう列車です。
1両だけの小さな列車ですね。

そして、クトナー・ホラ駅で荷物を回収して、まずコリーンに移動しました。
コリーンでも乗り換えがあって、オロモウツ行きの列車に乗り込みました。
コリーンから約2時間の移動となります。

19時前にオロモウツ本駅に到着しました。
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オロモウツ本駅の前は大規模な工事中で、動きづらかったです。

そして、駅前のホテル【sigma】にチェックインしました。
その後、夕食を食べる為に旧市街へ移動しました。
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↑入った店は【モラヴスカー・レスタウラツェ】です。ここでは、豚肉の焼いた料理を食べました。
これもおいしかったです。ただ、このお店はこれまで食べた中では少し高めかもしれません。

夕食後、ホルニー広場を散策しました。
↓左は、ホルニー広場の聖三位一体の碑です。こちら世界遺産に登録されています。
40年弱かけて建てられて、高さは35mもあるそうです。
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↑右は、市庁舎です。この日は、ライブ演奏が実施されていました。

市庁舎のライブを少し聴いた後、ホテルの方へ戻りました。
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ヨーロッパの夜は、暗いことが多いのですが、
オロモウツの街は本当に暗いです。旧社会主義の影響でしょうか・・・。

2009/5/2:2つの世界遺産、そしてポーランドへ

今日は2つの世界遺産、クロムニェジーシュとオロモウツを観光したのち、
ポーランドのクラクフへ向かいます。

ホテルで朝食を食べて、チェックアウトした後、オロモウツ本駅へ。
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↑オロモウツで宿泊したホテル【sigma】です。
いかにも旧社会主義時代に建設されたという感じのホテルですね。

クロムニェジーシュの駅に到着して、少し歩いたところに城の庭園があります。
こちらは、世界遺産に登録されています。
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↑あまり庭園が手入れされていない感じです。
これで世界遺産に登録されているの?という感じでした。

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↑庭園でリスに出会いました。かわいい♪

城の庭園が微妙だったので早々に退散。
庭園の横にある、大司教の城を訪れました。
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↑左と真ん中が大司教の城です。12世紀に建てられて、16世紀に改築された建物です。
内部の見学は、日本語以外のガイドツアーのため見学はパスしました。

大司教の城は、塔もありましてこちらはガイドツアーなしで上れました。
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↑左は聖モジツ教会方面を、右はフェルケ広場方面を撮影しました。
街の少し向こうに森が広がっており、あまり大きくない街だということが分かりますね。

大司教の城を見学した後、フェルケ広場を訪れました。
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↑フェルケ広場です。バックに大司教の城の塔が見えます。
街の中心部ですが、人が少ないですねえ。

フェルケー広場を抜けて、フラワーガーデンを訪れました。
17世紀後半にイタリアの建築家により造られたそうです。
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園内は、植木で造られた迷路のような小道や噴水、銅像などたくさんあります。
こちらは、時期さえ合えば、色とりどりの花できれいなのでしょう。
どうも、訪れる時期が良くないですねえ。

これで、クロムニェジーシュの観光は終了です。
駅に戻って、オロモウツへ移動します。
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↑クロムニェジーシュ駅です。こぢんまりとした駅でした。

オロモウツに戻った後、聖ヴァーツラフ教会を訪れました。
2本の100mの尖塔が特徴の大きな教会です。
1131年に建てられて、1890年に現在見られるような姿になったそうです。
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↑祭壇がきれいでした。幾度も改修がされているのでしょう。

聖ヴァーツラフ教会を見学した後、街の中心部ホルニー広場へ向かいました。
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↑左は教会近くの共和国広場です。トリトンの噴水という噴水が見えます。
右はホルニー広場へ向かう道です。この道も繁華街のはずですが、人が少ないですね。

ホルニー広場に到着して、まず見えるのが市庁舎です。
↓左が市庁舎です。市庁舎の前にカエサルの噴水が見えます。
ホルニー広場では、こういった噴水が華やぎを添えています。
DSCF1184.jpg DSCF1185.jpg DSCF1187.jpg
↑真ん中は、ホルニー広場隣にあるドルニー広場のネプチューンの噴水です。
右は、ジュピターの噴水です。

そして、昨日の夜も訪れた三位一体の碑です。
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昼に眺めると細かいところまではっきり見えました。

↓市庁舎の北側の壁には、仕掛け時計がついています。
この仕掛け時計も毎正寺動きます。
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仕掛けが動くと、いろいろな労働者が一生懸命働いている動きをしていました。

オロモウツで最後に見学したのが、聖モジツ教会です。
こちらの等に上ることができる為、高いところからの眺めを見ることにしました。
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↑左はホルニー広場方面を撮影しました。市庁舎と三位一体の碑が見えます。
右は西の方向を撮影しました。人の数がやはり少ないなあと思っていると、
本日は、休日なので人の流れが少ないんですね。

こうして、オロモウツの観光が終了しました。
ホテルに預けた荷物を回収して、オロモウツ本駅へ。
ポーランドのクラクフまで5時間弱の長距離移動となります。
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↑乗車券と座席指定券です。

クラクフまでの移動は、長かったです。
途中、爆睡したり本を読んだりしていましたが、辛かったです。

そして、22時前にクラクフに到着しました。
すぐにホテルにチェックインして、寝ることにしました。
明日から、ポーランドの観光が始まります。

2009/5/3:ドイツの負の遺産・アウシュヴィッツへ

ポーランド観光が本日から始まります。

クラクフで宿泊したホテルは【POLONIA】というホテルです。
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クラクフ中央駅のすぐ前にある為、大きな荷物があっても楽でした。
バスタブ付きだった為、体もじっくりと休めることができました。

本日の最初の目的地は、オシフィエンチムのアウシュヴィッツ強制収容所です。
クラクフからオシフィエンチムへ移動する為に、クラクフのバス乗り場へ移動しました。

1時間10分程度で、オシフィエンチムに到着しました。
そして、アウシュヴィッツ強制収容所へ向かいました。
↓左はビジターセンタ前の様子です。奥のほうに見えるのが強制収容所跡となります。
真ん中の写真で奥のほうに見えるのが、ビジターセンターです。
DSCF1218.jpg DSCF1221.jpg DSCF1252.jpg
↑右がアウシュヴィッツ強制収容所の門です。
門の上には【ARBEIT MACHT FREI】(働けば自由になる)が彫られています。
この門の言葉を収容者達は、本気で信じたのでしょうか?

そして、囚人棟の見学を始めました。
これらの囚人棟の建設も収容者たちが行ったそうです。
当然、休みがろくになく食事もひどかったそうです。
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↑真ん中の写真を見ると、赤レンガの囚人棟とポプラの木が整然と並んでいるのが分かります。
冷たい感じのする建物と通りですね。
右は、有刺鉄線が張られているのが分かります。当時は380ボルトの電流が流れていたそうです。

囚人棟の中に入ると、かなりきつい展示があります。
ユダヤ人の遺品がたくさん展示された部屋がありまして、
特に髪の毛や歯の展示の部屋は、見ていて辛かったです。
また、囚人を餓死させるための部屋や座ることが許されない部屋等がありました。

↓【死の壁】です。ここでたくさんの収容者が銃殺されました。
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弾痕が生々しいです。この辺りを見ていると本当に心が痛みました。

↓ガス室です。大量虐殺の証拠ですね。
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中に入ることができました。暗かったです。
そして、シャワーのようなものがありました。
どこかで見たことがあるような部屋が本当にありました。

アウシュヴィッツ強制収容所の見学を終えて、ビルけナウも訪れました。
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↑【死の門】へと続く引き込み線です。
鉄道の貨物車に詰め込まれて、この門をくぐった人たちの思いはどのような物だったか・・・。

ビルケナウは、アウシュヴィッツより規模が大きいです。
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収容される施設はバラックばかりで、冬の生活はかなり厳しかったと思います。
それでも、生き残るためにいろいろな努力をしたのでしょう。

2か所の強制収容所の見学を終えました。
ショックを受ける展示物もあり、見ていてへこむ時もありました。
かつて、収容されていたヒトがつぶやいたそうです。
「あの時代の晴れの日が、このように青かったか思い出せない」
生きるだけで精一杯だったのでしょう。

アウシュヴィッツ強制収容所の見学を終えて、クラクフに戻りました。
クラクフに戻って、向かったのがヴァヴェル城です。
クラクフ市内のおもな交通手段である路面電車を利用して、ヴァヴェル城へ向かいました。
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↑ヴァヴェル城を低いところから撮影しました。
歴代ポーランド王の居城として使われたそうです。

ヴァヴェル城内部に入ると、大聖堂と旧王宮が見えてきます。
↓左の写真で、右側のオレンジ色の屋根の建物が旧王宮です。
その左側の建物がヴァヴェル城大聖堂となります。
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↑右側の写真は、旧王宮内部です。16世紀初頭に建てられたそうです。
内部は、豪華な部屋や豪華な調度品ばかりでした。
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↑旧王宮から旧市街方面を眺めました。
遠くに聖マリア教会や旧市庁舎の塔が見えます。
世界遺産に登録されたのが納得の街並みです。

旧王宮を見学した後、ヴァヴェル城大聖堂を訪れました。
↓左の写真で金色のドームが見えます。これは、【ジグムント・チャペル】と呼ばれていて、
ポーランドにおけるルネッサンス建築の傑作といわれているそうです。
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大聖堂自体は、1320年から着工されて、その後増築されていったそうです。
また、建物がロシア系の要素が含まれているような気もしました。
そういえば、ポーランドの東はベラルーシなど旧ソ連なんですねえ。

↓左の写真は、ヴァヴェル城をヴィスワ川から眺めたものです。
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↑右は、ヴィスワ川下流方面を撮影しました。
350km先には、ワルシャワがあります。

ヴァヴェル城の見学を終えた後、夕食を食べることにしました。
選択した店は【フォプスキ・ヤドウォ】です。クラクフ市内に3店舗あるらしいです。
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↑右は店内の様子です。ポーランドの生活道具がたくさん並んでいました。
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この店でピエロギとポテトパンケーキを注文しました。
ピエロギは、ポーランド風の餃子です。中国からロシアを経て伝わったそうな。
この2品でかなり量が多かったです。残しました・・・。

夕食を食べ過ぎた為、ホテルまで歩いて帰ることにしました。
↓左の写真は、グロヅカ通りで撮影しました。
この通りを歩くとクラクフ中心部の中央市場広場に出ます。
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↑真ん中は聖ペテロ聖パウロ教会です。夕陽を浴びて、輝いていました。

こうして、クラクフ本駅の前に戻ってきました。
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↑クラクフ本駅前にショッピングセンターがあります。
ここで少し買い物をして、本日の観光を終えました。

2009/5/4:クラクフ周辺の観光、そしてワルシャワへ

長かった中央歴訪の旅もクラクフとワルシャワを残すのみとなりました。

本日は、まずヴィエリチカの岩塩採掘場を訪れます。
こちらも世界遺産に登録されています。

クラクフ本駅からヴィエリチカ行きのローカル線に乗車しました。
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↑クラクフ~ヴィエリチカの往復乗車券です。
これ見ても往復乗車券か全く分からず、不安でした。
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↑クラクフ本駅の外観とホームの様子です。
建物の左側にショッピングセンターがあります。

ヴィエリチカまで列車で20分強で到着します。
そして、ヴィエリチカの駅から5分ほど歩いて、岩塩採掘場に到着しました。
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↑岩塩採掘場入口の建物です。
この岩塩採掘場は、1250年ごろから採掘していて、1950年ごろまで稼働していたそうです。

内部の見学は、当然ガイドツアーです、日本語以外の・・・。
ここは絶対訪れたいと思っていた場所なので、仕方なくガイドツアーに参加しました。
ちなみにポーランド語のガイドツアーのほうが安いです。
英語のガイドーツアーに参加しても聞き取れないだろうと思ったので、
ポーランド語のツアーにしました。

こちらのツアーは、特に作業着への着替えもなく中に入れました。
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↑真ん中の写真で、岩に付いている白いのは、岩塩です。舐めるとしょっぱいです。

そして、このツアー最大の見どころである聖キンガ礼拝堂です。
↓左は階段上から眺めた礼拝堂です。シャンデリアが全て塩で造られているのがすごい!
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↑真ん中の写真や右の写真に、レリーフや祭壇が写っていますが
これらも全て塩でできています。床も塩でできているそうです。
良く造ったもんだと思ってしまいます。

岩塩採掘場のガイドツアーは、2時間で終了となります。
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↑最後は、エレベータで地上まで上がってきました。

再び、ヴィエリチカ駅まで歩いて、クラクフ行きの列車を待ちました。
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↑ヴィエリチカ・リネク駅です。こちらの駅が最も岩塩採掘場に近くなります。

クラクフに戻った後は、旧市街の散策をすることにしました。
↓左はマテイキ広場です。葬儀でもあったのでしょうか、黒い服の人たちがたくさんいました。
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↑右の写真は、マテイキ広場の向かいにあるバルバカンです。
1498年に造られた円形の砦です。この円形の防塁はヨーロッパに3つしか残っていないそうです。

バルバカンに守られるように建っているのがフロリアンスカ門です。
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1300年ごろに造られたそうです。クラクフ旧市街の北側のゲートになります。

フロリアンスカ門をくぐると、フロリアンスカ通りとなります。
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クラクフ旧市街で最もにぎわっている通りでしょう。
奥のほうに、旧市庁舎の塔が見えます。

そして、中央市場広場に到着しました。
まず見えるのが、大きな織物会館です。長さが100mもあるそうです。
14世紀に建てられたルネッサンス様式の建物となります。
建てられた当時は、衣服や布地の交易所だったことから、この名前になったそうです。
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↑右は織物会館内部です。内部は土産物店がびっしり入っていました。
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↑織物会館を別の角度から撮影しました。左側の塔は、旧市庁舎の塔です。
旧市庁舎の塔には上ることができます。
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↑旧市庁舎の塔に上って、上からの眺めを撮影しました。
左の写真は、聖マリア教会が写っています。
右の写真の奥のほうに、昨日訪れたヴァヴェル城が写っています。

旧市庁舎の塔を下りて、次に聖マリア教会を見学することにしました。
↓左の写真で2つの尖塔を持つのが聖マリア教会です。
1222年に造られたゴシック様式の教会です。
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教会内部は、祭壇・ステンドグラスなど全て美しかったです。

聖マリア教会の見学を終えて、中央市場広場を離れました。
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↑中央市場広場から見るグロヅカ通りです。カフェがたくさん並んでいました。

次に訪れたのは、ヤギェウォ大学です。1364年に創建されて、
中央ヨーロッパではプラハのカレル大学に次ぐ歴史を持つそうです。
前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世も学んだそうです。
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大学内は若い大学生がたくさんいました。

以上で、クラクフ観光が終了となりました。
次の目的地はワルシャワとなります。

そのワルシャワへ向かう前に夕食をとることにしました。
選択した店は、昨日も利用した【フォプスキ・ヤドウォ】の別の場所の店です。
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今回は、屋外で食事をしました。
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注文したのは、左のバルシチ(赤ビートを漬けて発酵させて作るスープ)と豚のカツレツです。
バルシチは酸っぱかったあ、でもおいしいですね。

夕食を食べた後、クラクフ本駅に向かいました。
17時発の列車に乗車して、ワルシャワに向かいます。
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↑乗車券と座席件です。107ズウォティ(約4000円)しました。
ポーランドの長距離列車はいまいち安くないですね。

3時間程度でワルシャワに到着しました。
その後、疲れ切っていた為にすぐホテルにチェックインして、体を休めました。

明日は、この旅の最終日となります。

2009/5/5・6:中央の旅も最終日となりました

今回の旅も最終日となってしまいました。

ワルシャワを出発するフライトの時刻が14:30の為、
ワルシャワを観光していくことにしました。

ホテルに荷物を預けて、さっそくワルシャワ観光を始めることに。
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↑宿泊したホテル【Campanile】です。2つ星のホテルでしたが良かったですよ。

ワルシャワ市内の移動は、路面電車が中心となります。
路面電車に乗って、中心部に移動しました。

最初に訪れたのは、軍事博物館です。
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↑真ん中は、Mig-29です。まあ、su-27など現役バリバリを飾ることはないでしょうね。
右は、IS-2です。第2次世界大戦時にドイツの重戦車と渡り合いました。
この博物館は、第2次世界大戦時~少し前までの兵器が庭にたくさん並んでいました。

軍事博物館を見学した後は、旧市街へ向かう為、新世界通りへ。
↓左は、新世界通りを少し入ったところです。
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↑真ん中は聖十字架教会です。ショパンの心臓があるそうです。
右はコペルニクス像です。聖十字架教会の斜め向かいにありました。
地動説を唱えたコペルニクス、ポーランド人だったんですね。

この通り沿いに大統領官邸があります。
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鎖の中に入ったら、怒られました。向こうの柵までOKだろうと思ったのですが・・・。

大統領官邸のすぐ近くに国立オペラ劇場があります。
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第2次世界大戦で焼失したものの、1965年に残った部分を元にして修復されたそうです。
近くで見ると、かなりでかいです。

そして、旧市街に到着しました。
↓左は旧王宮です。1596年にクラクフからワルシャワに遷都してから、
使われるようになったそうです。
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↑旧王宮周辺は大規模な工事をしていました。旧王宮にも入れませんでした。

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↑旧市街市場広場へと続く通りです。建物に歴史を感じます。
17世紀から18世紀にかけてのゴシック・バロック様式の建物が並んでいます。

そして、旧市街市場広場です。世界遺産に登録されています。
この広場は第2次世界大戦で破壊しつくされたそうです。
しかし、戦後ワルシャワ市民が街並みを過去の資料や記憶から復興したそうです。
ワルシャワ市民の情熱を感じることができる広場ですね。
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↑広場には、カラフルな建物でぐるっと取り囲まれています。
戦争の面影は全く感じませんでした。

旧市街市場広場を見学した後、近くにあるバルバカンを訪れました。
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↑クラクフにもありましたが、ワルシャワにも残っていました。
こちらも第2次世界大戦で破壊されましたが、1954年に復元されました。

自分、川を見るのが好きで、近くにヴィスワ川が流れている為、川岸に行きました。
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↑ヴィスワ川上流方面です。クラクフがあります。
ワルシャワでのヴィスワ川は少し汚かったです。

旧市街の観光を終えて、文化科学宮殿に向かいました。
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↑途中にあったワルシャワ蜂起記念碑です。

1944年8月1日、ソ連軍がワルシャワに迫っていました。
解放が近いと見たワルシャワ市民はドイツ軍に対して一斉に蜂起しました。
しかし、ソ連軍はヴィスワ川対岸で進軍を停止。
援軍がない市民軍はドイツ軍に徹底的に弾圧されて、20万人の死者を出しました。


ワルシャワ蜂起記念碑のどの像も苦しそうな表情をしています。
ソ連軍の進軍停止は、完全に予想外だったのでしょう。

そして、文化科学宮殿に到着しました。
ワルシャワには高層建築が少ない為、ワルシャワ市民には評判が悪いそうです。
「ソビエトの建てたワルシャワの墓石」とも呼んでいる人もいるそうです。
ただ、回廊にエレベータで上がれるのですが、これだけの高さ(124m)ですので、
眺めは素晴らしかったです。
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↑真ん中は中央駅方面、右は旧市街方面を撮影しています。

これで、中央歴訪の旅も終了となりました。
13日間の旅も出てしまうと、あっという間という気がします。

荷物をホテルで回収した後、
バスでワルシャワ・オケンチェ空港へ移動しました。
20分程度で空港に到着しました。
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↑右は駐機場の様子です。LOTポーランド航空の機材が止まっていました。

ここから、まずフランクフルトへの移動となります。
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ワルシャワ→フランクフルトはルフトハンザを利用しました。

1時間40分程度のフライトでフランクフルトに到着しました。
ここで待ち時間が5時間程度あります。
仕方ない為、ハーゲンダッツやスターバックスで時間を潰しますが、長かったです。
↓左は、空港駅に向かう通路で撮影しました。
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↑右は、JALのカウンターがある第2ターミナルです。
これまでルフトハンザばかりでしたので、初めて利用しました。

5時間の待ちが終了して、成田行きのフライトに搭乗しました。

そして、15時半ごろ成田空港に到着。
18:30の中部空港行きのフライトに乗り継ぎとなります。
時間があった為、夕食を食べました。メニューはカレーライスです。
1000円もしましたが、久しぶりの日本食でおいしかったです。

そして、ようやく中部空港行きのフライトに搭乗。
19:50頃中部空港に到着、今回の旅も無事終了しました。

旧社会主義国ということでトラブルを少し覚悟していましたが、
問題なかったです。むしろ物価が西ヨーロッパより安くて、良かったです。
また、時間があれば中欧へ行ってみたいですね。
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